目次
はじめに:なぜ、あなたの自治体のデジタル窓口は「使われない」のか?

少し耳の痛い話から始めなければなりません。国を挙げて「自治体DX」が叫ばれ、多額の予算が投じられているにも関わらず、多くの自治体デジタル窓口が住民に十分に使われていない、という厳しい現実です。
行政手続きのオンライン利用率
57.0%
(デジタル庁 2024年データ)
これは、残りの4割以上が、いまだに紙とハンコを手に窓口へ足を運んでいることを意味します。「とりあえずオンライン化はした」――。それで満足していては、いつまで経っても住民の利便性は上がらず、窓口の行列もなくなりません。それどころか、中途半端なシステムは、現場の混乱を招くだけ。「税金の無駄遣い」と批判されても仕方ない状況が、全国で散見されるのです。
では、なぜ「使われない」のでしょうか?
その根本原因のほとんどは、システムのUX(ユーザーエクスペリエンス=使いやすさ、心地よさといった体験価値)の設計不備にあります。本記事では、ITベンダーの営業資料では語られない「使われない本当の理由」を徹底解剖し、明日から実践できる具体的な解決策まで、UI/UXデザインのプロとして、包み隠さずお話しします。
【課題分析】住民がそっとブラウザを閉じる…デジタル窓口UX、5つの“あるある”な課題

「使われない」のには、必ず理由があります。それは決して、住民のITリテラシーが低いから、だけではありません。むしろ、作り手側の「住民にはこれくらいで十分だろう」という甘えや思い込みが、使いにくいシステムを生み出しているのです。私たちが様々なプロジェクトで見てきた、「陥りがちな課題」をテーブルにまとめてみました。
| 課題の種類 | 具体的な状況(“あるある”な声) | UXが引き起こす問題 |
|---|---|---|
| 1. 専門用語の迷宮 | 「『賦課』って何?」「『懈怠』ってどういう意味…?」普段使わない行政用語が説明なく並んでいる。 | 認知コストが高すぎて、住民は理解を諦めます。電話での問い合わせが増え、本末転倒に。 |
| 2. “神の視点”の入力フォーム | 申請に必要な全ての項目が、一つの長いページに羅列されている。どこから手をつければいいか分からない。 | 心理的負荷が大きく、入力途中での離脱率が激増します。特にスマホでの操作は絶望的。 |
| 3. 不親切なエラー表示 | 「入力内容に誤りがあります」とだけ表示され、どこが、なぜ間違っているのか教えてくれない。 | ユーザーは迷子になり、何度も同じ失敗を繰り返します。自己肯定感を著しく損ない、二度と使ってくれません。 |
| 4. 忘れられたスマホユーザー | パソコン画面をそのまま縮小したようなデザイン。文字は米粒、ボタンは指で押せない。 | スマートフォンが主要デバイスである現代において、このモバイル軽視は致命的。多くのユーザーを門前払いしています。 |
| 5. アクセシビリティの欠如 | 高齢者には文字が小さすぎ、障がいを持つ方にはスクリーンリーダーが対応していない。 | 「誰一人取り残さない」というデジタル庁の理念に反し、最も支援を必要とする住民をデジタルデバイドの淵に追いやります。 |
あなたの自治体のシステムは、いくつ当てはまりましたか?一つでも当てはまれば、それは UXデザインを見直すべき、明確なサインです。
【解決策:住民UX編】「これなら使える!」と住民に言わせる3つのUXデザイン原則

課題が見えたら、次は解決策です。難しく考える必要はありません。住民に「これなら私でも使える!」と感じてもらうためのUXデザインには、守るべき普遍的な原則があります。
原則1:徹底的な「言葉」へのこだわり
行政サービスにおいて、UIは「言葉」そのものです。専門用語は徹底的に避け、「住民税の計算」を「わたしの税金はいくら?」くらいのレベルまで、分かりやすい日常言語に翻訳する努力が不可欠です。「Help」ではなく「お困りですか?」と問いかける。この小さな配慮の積み重ねが、住民との距離を縮めます。
原則2:「一問一答」でエスコートする
長いフォームは、それだけでユーザーの心を折ります。優れたUXは、まるで対話するように「まず、お名前を教えてください」「次に、ご住所をお願いします」と、一度に一つのことだけを尋ねます。この「一問一答形式」は、ユーザーの集中力を維持させ、ステップごとに達成感を与える魔法のテクニックです。
原則3:「誰一人取り残さない」アクセシビリティ
これは、もはや「配慮」ではなく「必須要件」です。高齢者のための文字サイズ拡大機能はもちろん、色のコントラスト比を確保し、視覚に障がいのある方がスクリーンリーダーで操作できる設計(WCAG準拠)は、プロとして当然の責務です。全ての住民が平等に情報へアクセスできる権利を、デザインで保障するのです。
【盲点】本当のボトルネックは庁内に?職員が疲弊する「職員UX」問題
さて、住民側のUXを改善すれば、デジタル窓口は使われるようになるのでしょうか?…答えは「No」です。ここが、多くの自治体DXが見落としている、最大の盲点かもしれません。
それは、
職員側のUX(Employee Experience)の問題です。
どんなに住民側の画面が使いやすくても、その裏側で職員が操作する管理画面が「激しく使いにくい」ものだったら、どうなるでしょう?
- 申請データの確認に時間がかかり、結局、住民へのレスポンスが遅れる。
- 操作が複雑で、職員の入力ミスが頻発。手戻りや修正作業に追われる。
- システムがブラックボックス化し、異動の際の引き継ぎが困難を極める。
これでは、業務効率化どころか、職員は新しいシステムのせいで疲弊し、モチベーションは下がる一方。そして、そのしわ寄せは、必ず住民サービスの質の低下となって現れます。住民の不満と職員の不満は、表裏一体なのです。
【処方箋】ベンダー任せにしないために。明日から使える「UX改善チェックリスト」
「理屈は分かった。でも、ITベンダーとの打ち合わせで、具体的に何をチェックすればいいんだ?」そんな声が聞こえてきそうです。ご安心ください。専門家でなくても、最低限ここだけは確認すべき、というポイントを「処方箋」としてまとめました。
📋 UX改善チェックリスト
住民UXについて
- ☐ 専門用語ではなく、小学5年生でも理解できる言葉で書かれているか?
- ☐ 入力フォームは、一度に多くのことを要求せず、対話形式になっているか?
- ☐ エラー表示は、どこが・なぜ悪いのかを具体的に教えてくれるか?
- ☐ スマホで見たときに、文字やボタンが適切な大きさで表示されるか?
- ☐ 文字の拡大や、白黒反転などのアクセシビリティ機能はあるか?
職員UXについて
- ☐ 申請状況や対応履歴が、ダッシュボードで直感的に把握できるか?
- ☐ 頻繁に使う機能が、すぐに見つかる場所に配置されているか?
- ☐ 権限に応じて、表示されるメニューや情報が最適化されているか?
- ☐ マニュアルを見なくても、基本的な操作方法が推測できるか?
このチェックリストを片手に、ベンダーの提案をただ受け入れるのではなく、主体的に「問いかける」姿勢を持つこと。それが、失敗しないDXの第一歩です。
まとめ:「使われる」サービスを作る、ということ
「使われないデジタル窓口」の問題の根底にあるのは、技術の問題というよりも、思想の問題です。
それは、
「住民」と「職員」という、
二人のユーザーの存在
を忘れ、テクノロジーを導入すること自体が
目的化してしまっている、という思想です。
本当に価値のある自治体デジタル窓口とは、最新機能を搭載したものではなく、住民が迷わず手続きを終えられ、職員が笑顔でそのサポートをできる、そんな血の通ったサービスではないでしょうか。
この記事が、あなたの自治体のDXを「ベンダー主導」から「UX主導」へと転換する、小さなきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
もし、「何から手をつければ良いか分からない」「うちの自治体の場合はどうだろう?」と少しでも感じたら、どうか一人で抱え込まないでください。私たちpicks designは、そんなあなたの「最初の相談相手」になりたいと、心から願っています。
このような住民と職員、双方の体験をトータルで設計するアプローチは「サービスデザイン」と呼ばれます。







