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なぜ?鳴り物入りで導入した製造業アプリが「塩漬け」になるワケ
「うちの工場も、ついにDXだ!」
そんな掛け声と共に、大きな期待を背負って導入されたモバイルアプリ。ペーパーレス化、リアルタイムでの進捗管理、ミスの削減…。しかし、数ヶ月後、そのアプリは誰にも使われず、静かに“塩漬け”にされている…。コンサルタントとして多くの製造現場を見てきましたが、これは決して珍しい話ではありません。
「また新しいシステムか…」「使い方がよく分からないし、前のやり方の方が早い」。現場からはそんな声が聞こえてきそうです。なぜ、良かれと思って導入したはずのモバイルアプリは、現場の従業員にそっぽを向かれてしまうのでしょうか?
高機能なカメラ?リッチな分析機能?…いいえ、問題はそこではありません。多くの失敗の根っこにあるのは、たった一つの、しかし致命的な見落とし。それは…
「UI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)設計」の軽視です。
この記事では、なぜ製造業のモバイルアプリ導入が失敗に終わるのか、その構造を解き明かし、どうすれば「本当に使われる」アプリを設計できるのか、その具体的な処方箋を、時に辛口に、しかし徹底的に分かりやすく解説していきます。あなたの会社のDXが“絵に描いた餅”で終わらないために、ぜひ最後までお付き合いください。
「うちもコレだ…」製造業アプリ、よくある3つの失敗パターン
失敗には必ず共通のパターンがあります。皆さんの職場を思い浮かべながら、「あるある!」と頷いてしまうものがないか、チェックしてみてください。
パターン1【高機能=正義】の勘違いが生む「パイロットの操縦席」アプリ
開発サイドは、良かれと思ってたくさんの機能を詰め込みがちです。「あれもできる、これもできる」と。しかし、その結果生まれるのは、ボタンやメニューが所狭しと並んだ、まるで旅客機のコックピットのような複雑な画面。毎日使う現場の担当者はパイロットではありません。彼らにとって、9割の機能は不要なもの。本当に必要な操作がどこにあるか分からず、結局「使いにくい」という烙印を押されてしまいます。
パターン2【現場の現実無視】の「机上の空論」アプリ
「このデータは、まずA画面で入力して、次にB画面で承認して…」
オフィスで設計された理想的なフローが、そのまま現場で通用するとは限りません。油まみれの手袋をしたまま細かいボタンを押せるでしょうか?電波の届きにくい工場の奥でもサクサク動くでしょうか?現場のリアルな業務フローや環境を無視したアプリは、「業務の邪魔」と見なされ、あっという間に使われなくなります。
パターン3【データ入力が苦行】の「日報のための日報」アプリ
アプリ導入の目的は、業務を効率化し、データを活用することのはず。しかし、そのデータ入力自体が、紙の日報より面倒だったらどうでしょう?項目が多すぎる、選択肢を探すのが大変、入力エラーが頻発する…。これでは本末転倒。「アプリに入力するために残業する」なんて、笑えないジョークのような状況に陥ってしまうのです。
データで見る製造業DXの理想と現実。なぜUI/UXが無視されるのか?
肌感覚だけでなく、客観的なデータも見てみましょう。日本の製造業がDXに大きな期待を寄せているのは事実です。
中小企業基盤整備機構の調査(2024年1月)によれば、中小企業がDXに期待する効果のトップ2は「コスト削減、生産性の向上」(38.8%)と「業務の自動化、効率化」(38.6%)。まさにモバイルアプリが貢献できる領域です。
しかし、現実は甘くありません。同調査でDX推進の課題として最も多く挙げられたのが「人材不足」。特にIT人材の不足は深刻です。ここに、UI/UXが軽視される構造的な問題が隠れています。
課題 | 背景 | UI/UXへの影響 |
---|---|---|
IT人材の不足 | 専門知識を持つ担当者が社内にいない | 「とにかく動くもの」が優先され、ユーザーの使いやすさを設計・検証する工程が省略されがちになる。 |
ベンダーへの丸投げ | 要件定義をベンダー任せにしてしまう | ベンダーは機能の実装はできても、現場の細かい業務ニュアンスまでは汲み取れない。結果、使いにくいアプリが生まれやすい。 |
短期的なコスト意識 | 「設計」の費用を軽視する | UI/UX設計は目に見えにくい投資。短期的な開発コストを抑えるため、最も重要な設計フェーズが削られてしまう。 |
つまり、「人がいないから、とりあえず業者に頼んで、安く早く作ろう」という判断が、結果的に「誰も使えない」アプリを生み出す最大の原因になっているのです。優れたUI/UXは、ITに不慣れな人材でもツールを使いこなせるようにするための、最も効果的な投資だという認識を持つことが、この悪循環を断ち切る第一歩と言えるでしょう。
ちょっと待った!その「ノーコード」導入、本当に大丈夫?
「専門知識がなくても、安く早くアプリが作れる」
そんな魅力的な謳い文句で、昨今、製造業でもノーコードやローコードのプラットフォームが人気を集めています。確かに、簡単な日報アプリやチェックリストを作るなら、非常に有効な選択肢です。私自身、プロトタイピングに活用することもあります。
しかし、これを本格的な業務改善の“切り札”と考えるのは、少々危険かもしれません。手軽さの裏には、見落としがちな「罠」が潜んでいるからです。
- 罠1デザインの「金太郎飴」化
テンプレートベースで作るため、どうしてもデザインや操作感が画一的になりがちです。「自社の特殊な業務フローに、どうしてもフィットしない…」そんな“かゆい所”が必ず出てきます。UI/UXとは、その“かゆい所に手を届かせる”ための設計思想。テンプレートでは、その最も重要な部分がスポイルされてしまうのです。 - 罠2レガシーシステムとの「断絶」
製造業の心臓部には、長年使われてきた生産管理システム(ERP)などの“レガシーシステム”が存在します。ノーコードツールもAPI連携を謳っていますが、古いシステムや独自の仕様との連携は一筋縄ではいきません。結局、アプリと基幹システムの間で、手作業によるデータの二重入力が発生し、かえって非効率になるケースも少なくありません。 - 罠3「作った後」の拡張性の壁
ビジネスは変化します。現場の業務も日々改善されます。その変化に合わせてアプリを改修しようとした時、ノーコードツールの制約が大きな壁になることがあります。「この機能を追加したいけど、プラットフォームの仕様でできない…」そんな“詰み”の状態に陥ってしまうリスクがあるのです。
ノーコードは銀の弾丸ではありません。あくまで選択肢の一つ。自社の課題の根深さ、業務の複雑性を見極め、本当にノーコードで解決できるのか、それともプロによるカスタム設計が必要なのかを冷静に判断することが重要です。
現場で“神アプリ”と呼ばれるUI/UX設計、成功の3原則
では、どうすれば「本当に使われる」モバイルアプリを設計できるのでしょうか。数々のプロジェクト経験から見えてきた、成功に不可欠な3つの原則をご紹介します。これは単なるテクニックではなく、開発における「思想」そのものです。
原則1:『現場こそが、最高のデザイナーである』
最高のアプリ設計のヒントは、会議室のホワイトボードではなく、工場の現場にこそ転がっています。
- ●徹底した業務観察(エスノグラフィ):設計者はまず、現場の従業員の一日を影のように観察することから始めます。どんな手順で作業し、どこで時間がかかり、何にストレスを感じているのか。メモの取り方、道具の置き方一つにも、改善のヒントが隠されています。
- ●“中の人”を巻き込む:実際にアプリを使うことになるエース級のベテラン社員や、逆にITが苦手な社員を、設計の初期段階から巻き込みます。彼らの「いや、現場はそうじゃないんだよ」というフィードバックこそが、1億円のコンサルレポートより価値があるのです。
原則2:『説明書は、アプリの“敗北宣言”である』
優れた業務アプリに、分厚いマニュアルは必要ありません。初めて触ったその日から、誰もが直感的に使えること。これが絶対条件です。
見た瞬間に分かる | 使用頻度の高いボタンは大きく、押しやすい位置に。専門用語ではなく、現場で使われている言葉をラベルに採用する。 |
迷わせない | 1画面1アクションを基本とし、ユーザーに「次は何をすればいいか」を常にアプリ側がナビゲートする。 |
誤操作を防ぐ | 重要な操作の前には必ず確認ダイアログを出す。「削除」ボタンを安易に「OK」の隣に置かないなど、ヒューマンエラーを誘発しないレイアウトを徹底。 |
これは、当社の既存ブログ記事「アクセシビリティ対応UIUXデザインで顧客満足度を劇的に高める5つの実践方法」でも詳しく解説している、誰一人取り残さないための設計思想です。
原則3:『アプリは“生き物”。完成はスタートライン』
アプリは納品して終わり、ではありません。むしろそこからがスタートです。業務の変化やユーザーからのフィードバックに基づき、継続的に改善していく「グロース」の視点が不可欠です。
- ●データ分析基盤の埋め込み:どの機能がよく使われ、どこでユーザーが離脱しているのかを計測する仕組みを、あらかじめアプリに組み込んでおきます。
- ●柔軟なアーキテクチャ:将来の機能追加や外部システム連携にも耐えうる、拡張性の高い設計を採用します。目先の開発コストより、長期的な変化対応コストを重視することが、結果的にROIを高めます。
業種は違えど、本質は同じ。picks designの「課題解決」設計力
「でも、おたくは製造業の専門じゃないでしょ?」
そう思われるかもしれません。正直に言って、私たちは特定の業種・業界の専門家ではありません。しかし、私たちは「複雑な課題を、優れたUI/UXでシンプルに解決する」ことの専門家です。
例えば、私たちが手掛けたmanaby様のEラーニングシステム管理画面。このプロジェクトでは、「受講生の進捗」「無数のカリキュラム」「講師の評価」といった、多岐にわたる膨大な情報を、管理者がストレスなく、直感的に把握できるインターフェースを設計しました。
考えてみてください。これは製造業の生産管理と本質的に同じではないでしょうか?
- 「受講生の進捗」は「製品の工程進捗」に
- 「カリキュラム」は「部品や資材の在庫」に
- 「講師の評価」は「設備の稼働状況や品質データ」に
置き換えることができます。扱う“情報”は違えど、「複雑に絡み合った情報を整理し、ユーザーが次に行うべきアクションを明確に示し、意思決定を支援する」という設計思想は、完全に共通しています。
私たちは、この業種横断的な課題解決能力こそが、真の意味でクライアントのDXに貢献できる強みだと考えています。もしご興味があれば、ぜひ一度、私たちの実績をご覧ください。きっと、皆さんの課題解決のヒントが見つかるはずです。
まとめ:アプリ開発の成否は「誰に設計を頼むか」で9割決まる
いかがでしたでしょうか。製造業のモバイルアプリ開発は、ただ機能を作れば成功するほど単純な世界ではありません。
現場の業務に深く寄り添い、使う人の心に響くUI/UXを設計できるか。これこそが、投資を成果に変えるための唯一の鍵です。
今回の記事のポイント
- ✔失敗の多くは「UI/UX設計」の軽視から生まれる。
- ✔ノーコードは万能ではない。手軽さの裏にあるリスクを理解することが重要。
- ✔成功する設計は「現場」「直感」「成長」の3つの原則に基づいている。
- ✔優れたUI/UXは、業種を超えて課題を解決する力を持つ。
もし、皆さんが「自社のこの業務も、アプリで効率化できるだろうか?」「何から手をつけて良いか分からない」といった悩みを抱えているなら、それは“チャンス”のサインです。
課題が複雑で、難易度が高いほど、優れたUI/UX設計がもたらすインパクトは大きくなります。
「まずは話だけでも聞いてみたい」そんな初期段階のご相談、大歓迎です。私たちUI/UXのプロフェッショナルが、皆さんの会社の課題を整理し、最適な解決策への道筋を一緒に描かせていただきます。