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UIUX設計委託契約の基本と落とし穴
ここ数年、自社サービスのUI/UXを外部に委託する企業が急増しています。先日もあるクライアントから「デザイン会社との契約でもめてしまった」という相談を受けました。原因は委託範囲の認識相違。こうしたトラブルが増えている背景には、UIUX設計の特殊性があります。
UIUX設計委託契約は一般的な業務委託と異なり、成果物の品質基準が主観的で、知的財産権の扱いも複雑です。私が法務として関わった案件でも、「中間成果物の権利は誰に?」「ユーザビリティテストの追加は別料金?」といった点で紛争になるケースが少なくありません。
発注側と受注側で認識の差が生じやすいポイント
- デザインの修正回数と追加費用の発生タイミング
- 著作権・知的財産権の具体的範囲
- 「使いやすい」という品質基準の判断方法
- デザインシステムの更新・保守の責任範囲
本記事では、長年以上UI/UX関連の契約に携わってきた経験から、双方が納得できる契約のポイントをお伝えします。
契約書に必ず盛り込むべき4つの基本条項
UIUX設計の委託契約で必須となる基本条項を見ていきましょう。私の経験上、以下の4つがトラブル防止の肝となります。
1. 業務範囲の明確化
まず契約の基本として、何をどこまで依頼するのかを明確にすることが重要です。「モバイルアプリのUIデザイン」だけでは不十分で、例えば次の要素を明記すべきです。
- デザイン対象の画面数と具体的機能(例:「ログイン画面、ホーム画面、プロフィール画面など計15画面」)
- UXリサーチの実施有無と方法(例:「ペルソナ設計、カスタマージャーニーマップ作成を含む」)
- 成果物の形式(例:「Figmaデザインファイル、デザインシステム、実装仕様書」)
- 対象デバイスとOS(例:「iOS/Android両対応、タブレット版は別途」)
2. 著作権・知的財産権の帰属
発注側は「支払ったのだから全ての権利が自社に帰属する」と考えがちですが、これが思わぬトラブルの種になります。実務では以下の分類が有効です。
著作権・知的財産権の帰属(続き)
知的財産権の帰属に関する推奨アプローチ
対象 | 権利帰属 | 備考 |
---|---|---|
最終成果物 | 発注側 | 納品されたデザインの完全な権利移転 |
ラフスケッチ等中間成果物 | 受注側 | 別途指定がない限り権利は移転せず |
デザインツール・メソッド | 受注側 | 作業過程で使用した方法論等 |
デザインシステム | 協議 | 将来の更新責任を含めて決定 |
私が関わった案件では、中間成果物の権利帰属について発注側が「当然すべて自社のもの」と考え、受注側の「他クライアントへの類似手法適用」に難色を示すケースがありました。しかし実際には、デザイナーの経験や手法を完全に囲い込むことは現実的ではありません。
実務上の妥協点としては、「最終成果物は発注側に完全権利移転、ただし受注側は自社ポートフォリオでの掲載権と類似手法の活用権を保持」とする形がバランスが取れていると言えるでしょう。
3. 納品物の品質基準
「使いやすい」「直感的な」といった主観的な表現だけでは、品質の判断基準として不十分です。品質基準は具体的に定義しましょう。
納品物の品質基準と修正対応
具体的な品質基準の例
- 特定のデザインガイドライン(Material Design、Human Interface Guidelinesなど)への準拠
- 業界標準や競合他社と同等以上のユーザビリティ
- ユーザビリティテストでの具体的な達成基準(例:「初回ユーザーが3分以内に注文完了できる」)
- アクセシビリティ基準(WCAG 2.1のAAレベル準拠など)
昨年担当したECサイトリニューアルの案件では、「コンバージョン率○%向上」という数値目標を品質基準に入れてしまい、デザイン以外の要素(商品価格など)に左右されるため、結果的に紛争となりました。品質基準はデザイナーがコントロール可能な要素に限定することをお勧めします。
4. 修正回数と追加費用
修正対応は最も揉めやすいポイントの一つです。明確な取り決めが必要です。
修正対応の契約条項例
- 初期デザイン案:3案提示、うち1案を選定
- 選定案の修正:最大3回まで(大幅な方向転換は除く)
- 追加修正:1画面あたり○万円で対応
- 修正指示から納品までの期間:〇営業日以内
受注側としては「そもそも何が修正で何が追加なのか」を明確にすることが重要です。
特に注意すべき3つのポイント
私のクライアント企業でよく見られるトラブル事例から、特に注意すべき点を3つ挙げます。
①デザインの二次利用権
Webサイトのデザインをアプリにも転用したい、パンフレットに使いたいなど、デザイン資産の二次利用は頻繁に発生します。しかし、契約時に想定していなかった用途への展開は、追加費用が発生する可能性があります。
先日のクライアント案件では、「社内使用に限り自由に改変可」という条項が曲者でした。「社内使用」の解釈をめぐり、「グループ会社は含まれるか」「外部制作会社への提供は?」といった議論に発展したのです。
■ 対応策:
契約時点で想定される二次利用シーンを列挙し、それぞれについて権利と費用を明確化しておきましょう。
②デザインシステムの責任範囲
デザインシステムの納品後、その更新や保守の責任は誰にあるのでしょうか?
典型的な問題点
- デザインシステムの仕様変更(OS変更対応など)
- コンポーネントの追加開発
- 不具合発見時の修正責任
デザインシステムとAI活用の契約ポイント
私が先月レビューした契約では、デザインシステムの更新について次のような条項が有効でした。
デザインシステム関連の推奨条項
- 初期納品後○ヶ月間は軽微な修正を無償対応
- OS・ブラウザのメジャーアップデート対応は別途見積もり
- デザインシステムの拡張利用権(追加画面への適用)を発注側に付与
- 年間保守契約オプションの提示
③中間成果物の扱い
ワイヤーフレーム、ラフスケッチ、ユーザー調査データなどの中間成果物は、最終デザインに直接反映されない場合でも重要な知的資産です。私の経験では、これらの扱いについて事前合意がないと、後々のトラブルになりがちです。
中間成果物の権利に関する推奨アプローチ
- 発注側:プロジェクト内での利用権
- 受注側:類似プロジェクトでの方法論・知見の活用権
- 機密情報:ユーザーデータなど機密性の高い情報は別途規定
④AIツール活用のリスク対策
Midjourney、Adobe Firefly等のAIツールをデザインに活用するケースが増えています。こうしたツールの利用による著作権リスクへの対応も契約に盛り込むべきでしょう。
立場別・契約交渉のチェックリスト
発注側のチェックポイント
- □ 業務範囲を具体的な画面数・機能で明示したか
- □ 修正回数の上限と追加費用の条件を明記したか
- □ 最終成果物の著作権(財産権)は全て譲渡されるか
- □ デザインシステムの保守・更新条件は明確か
- □ 第三者ツール(素材、フォント、AIなど)の利用条件を確認したか
- □ 契約終了後のサポート体制(引継ぎ等)が明記されているか
- □ 機密情報(ユーザーデータなど)の取扱いルールは十分か
受注側のチェックポイント
- □ 業務範囲の境界線(スコープ外の作業)を明確にしたか
- □ 著作者人格権の不行使特約の範囲は適切か
- □ ポートフォリオでの実績掲載権は確保したか
- □ 発注者都合による方針変更時の追加費用規定はあるか
- □ 検収基準と支払条件は明確か
- □ 責任範囲の上限(損害賠償の制限)は設定されているか
契約書テンプレートをカスタマイズする際のポイント
一般的なテンプレートをベースにする場合、UIUX設計特有の要素を追加することが重要です。
まとめ:UIUX設計委託契約のベストプラクティス
今回お伝えした内容をまとめると、UIUX設計委託契約において最も重要なのは「曖昧さを排除すること」です。主観的になりがちなデザイン品質や修正範囲を具体的に定義し、権利関係を明確にすることが、双方にとってのリスク回避につながります。
私の経験では、契約締結前の「認識合わせ」こそが最大の予防策です。特に以下の点について、口頭でも確認し合うことをお勧めします。
- デザインのゴール(何をもって成功とするか)
- 想定される修正サイクルと決定プロセス
- 権利関係の実務上の運用イメージ
- 将来的な拡張や変更への対応方針
プロジェクトの成功は、優れたデザインだけでなく、明確な契約関係にも依存します。今回ご紹介したポイントを押さえた契約書で、トラブルのないUIUX設計プロジェクトを実現してください。
当事務所では、UIUX設計委託契約の作成・レビューや紛争解決のサポートを行っています。契約書のテンプレートも用意していますので、お気軽にご相談ください。今ならUX関連の契約書診断を無料で実施中です。資料請求やご相談は、ページ下部のお問い合わせフォームからどうぞ。

