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なぜ今、UIUX改善の優先順位付けが重要なのか
「どのUIUX改善から手をつければいいんだろう…」
UI/UX改善に取り組む現場でよく聞くのが、「どの改善から始めるべきか分からない…」という悩みです。これは多くのプロダクトチームに共通する課題だと思います。
実は先日も、ある中堅ECサイトの担当者から「改善したいポイントは山ほどあるけど、どれから手をつけていいか分からない」という相談を受けました。彼らの抱える課題はまさに「選択と集中」の難しさ。これは決して特殊なケースではありません。
株式会社SHIFTの「UX向上の取り組み状況に関する調査(2023年)」によれば、ソフトウェア開発においてUXに取り組んでいる、または今後取り組む予定の企業は全体の53%にのぼり、そのうち約70%がUX改善による成果を実感していると報告されています。一方で、限られたリソースの中でUX改善の優先順位付けに悩む企業も多く、特に日本企業では、改善提案がデータではなく感覚的判断やHiPPO(最も地位の高い人の意見)に依存する傾向があると指摘されることもあります。
ビジネスインパクト×実装コストの優先順位付けフレームワーク
優先順位付けを「感覚」から「科学」へと進化させるために、私がクライアントに必ず提案するのが「ビジネスインパクト×実装コスト」のフレームワークです。
具体的には下記の2軸で各改善施策を評価していきます:
- ビジネスインパクト(縦軸):改善によってどれだけビジネス成果が向上するか
- 実装コスト(横軸):時間、人的リソース、技術的複雑さ
ビジネスインパクト | 高 | 中 | 低 |
---|---|---|---|
実装コスト:低 | 即時実行(Quick Win) | 計画的に実施 | 余力があれば |
実装コスト:中 | 優先的に実施 | 検討 | 保留 |
実装コスト:高 | 戦略的判断 | 要再検討 | 見送り |
このマトリックスを使えば、「インパクト高・コスト低」のQuick Win案件から着手するという合理的な判断ができます。ただし、数値化できない定性的要素(ブランドイメージへの影響など)も考慮することをお忘れなく。
ビジネスインパクトを客観的に評価する5つの指標
「ビジネスインパクト」と言っても、具体的にどう測ればいいのか悩む方も多いはず。私が実務で活用している5つの評価指標をご紹介します:
- コンバージョン向上率予測:改善によってどれだけCVRが上がるか
- ユーザー継続率への貢献:リテンション向上につながるか
- 顧客満足度向上の可能性:NPS/CSATスコア改善
- 収益インパクト:売上・LTV向上への寄与度
- ブランド価値向上:顧客体験の質的向上
例えば、あるSaaS企業では「アカウント登録フローの簡素化」という施策のビジネスインパクトを以下のように評価しました:
- →
類似改善事例から登録完了率が30%向上する可能性(高) - →
初期体験の向上によるチャーンレート5%改善見込み(中) - →
年間売上への換算影響額:約2,000万円(高)
重要なのは、可能な限りデータに基づいた予測を行うこと。類似事例や過去のA/Bテスト結果、ユーザーリサーチの知見を活用しましょう。
実装コストを現実的に見積もるポイント
実装コストの見積もりが甘いと、せっかくの優先順位付けが台無しになります。私が過去に痛い目にあった経験から学んだ、現実的なコスト評価のポイントをお伝えします:
1. エンジニアリングとデザインの複雑さを個別評価
要素 | 低コスト | 中コスト | 高コスト |
---|---|---|---|
エンジニアリング | 既存コンポーネントの修正のみ | 新規コンポーネント作成・限定的統合 | アーキテクチャ変更・複数システム連携 |
デザイン工数 | 既存デザインシステム内の修正 | 部分的な新規デザイン | 大規模な新デザイン・調査必要 |
2. 見落としがちな隠れコスト
- •
QAテスト工数:複数環境・デバイスでのテスト必要性 - •
リリース調整:他機能との依存関係 - •
ドキュメント更新:マニュアル・ヘルプ改訂 - •
社内調整コスト:関係部署との調整時間
当然ながら、精緻な見積もりにはエンジニアやデザイナーとの事前協議が必須です。私の失敗例では、「単純なボタン変更」と思っていた改修が、実はバックエンドシステムの大幅な変更を要することが後から判明し、計画が大幅に遅延したことがあります。
ユーザーリサーチを活用した優先順位付けの実践法
数字だけで判断すると、本当にユーザーが求めている改善点を見逃す危険性があります。私が特に重視しているのが「ユーザー視点の組み込み方」です。
ユーザーリサーチデータの効果的な活用法
- ペインポイントの頻度×深刻度マッピング
- ユーザーインタビューから抽出した問題を「どれだけの人が」×「どれだけ困っているか」で配置
- 右上(高頻度×高深刻度)の問題から取り組む
- カスタマージャーニーマップでの改善優先度評価
- ユーザー行動の各ステップでの感情スコアを可視化
- 感情スコアが大きく落ち込むポイントを重点的に改善
- 使いやすさテストでの定量評価
- タスク完了率、エラー発生率、完了時間などを測定
- 目標値を大きく下回る指標に関連する改善を優先
金融アプリの改善では、ユーザビリティテストを通じて「資産推移グラフがわかりづらい」という課題が判明し、優先度の低かったデータビジュアライゼーションが最重要課題に変更された事例もあります。実際、みんなの銀行やSUSTENなどのサービスでも、視覚的に理解しやすいUIへの改善がUX向上に直結することが示されています。
業界別・UIUX改善の優先順位事例
抽象的な話だけでは実践しづらいので、業界別の具体事例をご紹介します。
ECサイト(アパレル)の改善優先順位
- 商品詳細ページのサイズ選択UI改善(高インパクト×低コスト)
- 改善前:小さなドロップダウンで選択しづらい
- 改善後:大きなボタン式サイズ選択+在庫状況の視覚化
- 結果:カート投入率が大幅に向上し、サイズ関連の問い合わせも減少
- 商品レビュー機能のリニューアル(高インパクト×中コスト)
- 改善前:写真なしレビューが主
- 改善後:写真付きレビュー表示を優先表示+フィルター機能追加
- 結果:コンバージョン率が向上し、平均注文単価も増加
SaaS製品のダッシュボード改善優先順位
- アクションボタンの視認性向上(中インパクト×超低コスト)
- 改善前:アクションボタンが埋もれがち
- 改善後:ボタンのデザインと配置を最適化
- 結果:主要機能の使用率が大きく向上
- オンボーディングフロー再設計(高インパクト×高コスト)
- 改善前:ユーザーが離脱しやすい
- 改善後:段階的実装計画に分割し、効果測定しながら展開
- 結果:アクティベーション率が向上し、長期的には解約率の減少が見られる
説得力あるUIUX改善提案の作り方
優先順位付けができても、ステークホルダーを説得できなければ実行に移せません。数多くのクライアントワークで効果を実感している「改善提案の鉄則」をお伝えします:
1. ビジネスKPIと紐づけた提案書の構成
2. 改善案の概要(ビジュアルで示す)
3. 期待されるビジネス効果(数値予測)
4. 実装コストと期間
5. 投資対効果(ROI)
6. 実装ステップとマイルストーン
2. 説得力を高める「数字×ストーリー×ビジュアル」の三位一体
- 数字:
「このボタン改善により、コンバージョン率(CVR)が25%向上すると予測されています」
→ 数値を具体的に示し、改善の影響を定量的に表現します。
- ストーリー:
「現在、ユーザーはこのページでナビゲーションに迷い、約7割が途中で離脱しています」
→ 現状の課題を物語風に伝え、改善が必要である理由を明確にします。
- ビジュアル:
「Before/Afterのモックアップやユーザージャーニーマップを活用し、視覚的に変化と改善のプロセスを示します」
→ 視覚的な要素で、変更点やその効果を視覚的に伝え、説得力を補完します。
3. 反論への事前準備
想定される反論とその対応策をあらかじめ用意しておくことで、提案の信頼性が大幅に向上します。たとえば「もっと大きな改善に集中すべき」という反論には「小さな改善の積み重ねがデータ収集と学習のサイクルを早める」と説明します。
UIUXロードマップに落とし込む実践テクニック
最後に、優先順位付けした改善案を実行可能なロードマップに落とし込む方法をご紹介します。
短期・中期・長期の3階層でのプランニング
- 短期(1-3ヶ月):Quick Wins中心に即効性のある改善
- 中期(3-6ヶ月):主要な改善プロジェクト
- 長期(6-12ヶ月):大規模な構造的改善
バランスの取れた改善ポートフォリオの例
期間 | 新機能追加 | 既存機能改善 | 技術的負債解消 |
---|---|---|---|
Q1 | 20% | 50% | 30% |
Q2 | 30% | 40% | 30% |
Q3 | 40% | 40% | 20% |
Q4 | 30% | 50% | 20% |
私の経験では、リソース配分のバランスを可視化することで、短期的な改善と長期的なUX向上のバランスが取りやすくなります。
定期的な見直しサイクルの組み込み
3ヶ月ごとに優先順位の再評価を行うことをお勧めします。市場環境やユーザーニーズ、そして社内の状況は常に変化します。固定的なロードマップではなく、データに基づいて柔軟に調整できる「生きたロードマップ」を維持しましょう。
この記事で紹介した考え方は、実際のプロジェクトでも活用されています。より具体的に当てはめたい場合は、個別相談も可能ですのでお気軽にどうぞ。
